大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(う)1996号 判決

控訴人 被告人 赤岩頼道

弁護人 大森徳次郎 外五名

検察官 大津広吉

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人河和金作、同河和松雄、同柴義和、同市橋千鶴子四名共同作成名義の控訴趣意書及び以上四名の外なお弁護人大河内躬恒を加えた五名共同作成名義の控訴趣意書(補充)(以上を甲とする。)の外弁護人大森徳次郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これ等をことに引用し、これ等に対し次のとおり判断する。

甲の論旨一、二(控訴趣意書補充を含む。)

公職選挙法第一四八条は社会の公器としての新聞紙及び雑誌がその本来の使命である報道及び評論によつて国民に選挙に対する正しい批判の資料を提供することを期待し、その報道及び評論の自由を尊重して、一般の選挙運動の制限に対する選挙法上の特例として設けられたものと解せられるので、同条に定める条件を備えた新聞紙、雑誌は、表現の自由を濫用して選挙の公正を害しない限り、選挙運動の制限に関する規定(但し、人気投票の公表の禁止の規定は除く。)の適用をうけないで、自由に選挙に関し報道評論を掲載した上これを通常の方法により頒布することができるのである。しかし、これらの新聞紙雑誌と雖も、これを通常の方法によらないで頒布するにおいては、選挙の公正を害する事態の発生する虞れあるに鑑み、かかる事態の発生を防止するため同法第二四三条第六号において右第一四八条第二項の規定に違反して新聞紙雑誌を頒布した者は二年以下の禁こ又は三千円以上五万円以下の罰金に処する旨規定しているのである。従つて同条に規定する新聞紙雑誌とは、前記第一四八条第二項に定める条件を備えた新聞紙雑誌で選挙に関し報道又は評論を掲載したものを指すことは極めて明白である。そして報道とは事実を客観的にありのままに知らせることであり、評論とは事実に対し批判論議することを云うものと解せられるのであつて、従つて選挙に関する報道又は評論はその事の性質上結果的に選挙運動にわたる場合の生ずることあるは格別所論の如く特定候補者の当選を目的として投票を得又は得させる為の選挙運動と見られる内容を掲載した場合に初めて同法第一四八条第二項の制限をうけるものとは到底解し得ないのであつて、このことは選挙運動の目的をもつて新聞紙雑誌に選挙に関する報道又は評論を掲載し又は掲載させた者に対しては、同法第二三五条ノ二第三号において別個に処罰規定を設けていることに徴しても自ら明らかである。

そして原判示事実は原判決が挙示する証拠によつてこれを十分認めることができるけれども、原判決は被告人の本件所為を所論荒船清十郎候補者の為選挙運動をしたものと判示したものではないことは原判決の判示事実自体に徴して明白である。従つて原判決には所論のような事実誤認は存しない。原判決の認定した事実は公職選挙法第二四三条第六号、第一四八条第二項に該当するのであつて、原判決には所論のような法令解釈の誤、審理不尽、理由不備の違法はもとより、事実誤認の誤も存しない。論旨は理由がない。

同論旨三及び大森弁護人論旨一、

公職選挙法第一四八条第一項、第二項に謂う新聞紙は同条第三項策一号イの定める如く毎月三回以上号を逐つて定期に有償頒布するものであることを必要とすることは所論のとおりである。そして所論は本件新聞紙は号外で且つ無償であるから右に謂うところの号を逐つて定期に有償頒布するものに該当しないのに、原判決が社会通念によつて、これに該当する旨判断したのは法令の適用を誤つたものである旨主張するのである。

しかしながら、新聞紙が公職選挙法第一四八条第三項第一号イに定める条件を備えているかどうかは、当該選挙期日の公示又は告示の日前一年以来の発行型態を基準として判定すべきことは、同条第三項第一号ハの規定に徴して明白であつて、かような条件を備えている新聞紙が選挙に関する報道又は評論を掲載した場合には、それが定期に号を逐つて発行せられたものであるか否やを問わず同法第一四八条第二項の制限をうけるものと解するのが相当である。今本件についてこれを観るに、本件社会通信が前記の条件を備えていることは原判決挙示の証拠により優にこれを認めうるところであり、押収にかかる本件号外によると、毎月一〇の日発行、購読料一ケ月三五円である社会通信の号外であることが表示されているのである。そして原審公判調書中被告人の供述記載及び被告人の司法警察員に対する供述調書中の供述記載によると、本件号外は被告人が先に発行頒布した昭和三三年五月二〇日附社会通信第四一六号掲載の選挙情勢の内容を訂正する目的をもつて翌二一日発行頒布したものであることを認め得るのである。以上の事実に徴すると、本件号外は社会通信としては定期に発行されたものではないが、その一部を形成するものとして発行されたものであつて、固より公職選挙法第一四八条の新聞紙と認め得るのである。そして元来有償で郵送頒布していたものを号外であるからと云うて無償で且つ郵送の方法によらないで頒布すれば、そのこと自体が通常の方法によらないで右法条所定の新聞紙を頒布したことに帰するのである。有償であるべきものを号外として無償頒布すれば、最早それは右法条に謂う新聞紙でないとは到底認め難いところである。なお被告人が所論の如く号外を頒布することは違法ではないと思つたとしても、それは単なる法令の不知であつて、その為に犯意を欠くものとはもとより認められない。更に、原判決は公職選挙法第一四八条第三項第一号イの要件を欠いているからといつて直ちに同条第一項の新聞紙ではないとはいいえない旨判示しているけれども、新聞紙と云うても右要件を欠いていれば同条第一項、第二項に定める新聞紙と認められないことは同条の文理解釈上も当然であるから、原判決の右判示は正当ではない。しかし原判決は結局号外で無償である場合でも社会通念によれば、右法条に該当する新聞紙である旨を認めているのであるから、その説明は妥当を欠いていても結論は正当であり、原判決の法令の適用は要するに誤つていないのである。各論旨は理由がない。

甲論旨四、大森弁護人論旨第二、

所論に鑑み本件記録を精査し、被告人の本件違反の動機、目的態様に、被告人の性行、経歴、境遇等諸般の事情を綜合すればこれに所論の事情(但し違法の認識のない旨の部分は已に説明したところにより採用できない。)を併せ考えても原判決の量刑をもつて重きにすぎる失当のものとは認められない。蓋し原判決は被告人の市政、公共に対する功績を認めたからこそ選挙権被選挙権を有しない旨の期間五年を三年に短縮したものと認められる。原判決の量刑は相当であつて、各論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)

弁護人河和金作外三名の控訴趣意

一、原判決は法令の解釈を誤つている。

公職選挙法第百四十八条により新聞紙雑誌の報道及び評論等の自由を制限せんとする趣旨は同条第一項但書に記載する通り表現の自由を濫用して選挙の公正を害することを防止するにある。従つて選挙に関する報道又は評論を掲載した新聞紙がすべて公職選挙法第百四十八条第二項の制限を受けるものでなくそのうち内容が選挙運動とみられるもののみがその対象となるので、選挙運動とみられないものについては自由に頒布することが出来る。而して選挙運動とは特定の候補者の当選を目的として投票を得又は得させる為有利な行為をいう(福岡高裁昭和二八年(う)第九四号、同年三月二六日言渡高裁判決集六巻四号四四一頁参照)。原判決は罪となるべき事実として「昭和三十三年五月二十二日施行の衆議院総選挙に際し最高点争いは鴨田、高田か?荒船清十郎候補危し!最後の浸透作戦に突入せん」等なる標題の下に埼玉県第三区より立候補した荒船清十郎の選挙運動に関する記事を掲載した同月二十一日付社会通信号外一万三千部を発行し………頒布した」と判示している。右判示によれば荒船候補の選挙運動に関する記事を掲載し頒布した点が公職選挙法第百四十八条第二項に違反したものと認定したものと思われる。原審第一回公判期日に裁判官より検察官に対し「本件は荒船候補の為にやつたというのではありませんか」という釈明要求に対し検察官は「そうではありません選挙運動ではなく頒布方法が通常でないということだけです」と述べている。これによると検察官も本件の号外頒布を選挙運動とはみていないものと思われる。本件の号外の記載内容を精査すると社会通信の主たる発行対象区域たる秩父郡を中心としての各候補者の運動の現状を報道し結果の予想を掲載しており何等荒船候補に当選を得しめる為のものと思われる記載はないのである。しからば原判決は何等選挙運動に該当する事実がないのにもかかわらず公職選挙法第百四十八条第二項の解釈を誤りこれを適用したものといわざるを得ず法令の適用の誤り若しくは審理不尽による理由不備の誤りがある。

二、原判決には重大な事実の誤認がある。

仮りに前項記載の判示が荒船候補の為の選挙運動の事実を判示したものであるとするならば原判決は重大なる事実の誤認をしている。すなわち、社会通信はその読者の範囲は秩父市内が殆んどでその他僅かのものが秩父郡下にあるのであつて(被告人の公判廷に於る供述)自然その題材は秩父郡に居住する人の関心の持てる事実を対象とすることは当然である。しからば当時衆議院議員選挙の報道も秩父郡の状況を中心とせざるを得ない。ところが右選挙に秩父郡を地盤として荒船清十郎が立候補していたのであるが当時の状況としては他候補により荒船の地盤が次第に荒らされつつあつたので地元に於てはこの状況の推移に非常な関心を持つていたのである。そこに本件号外の報道価値があつたのである。本件号外の記載によると地元候補たる荒船清十郎を中心として同選挙区の候補者たる鴨田、高田、小菅、田中の各候補の運動状況及び当落予想を記載しておりそこには何等荒船候補の為の得票を目的とした意図のないことは被告人の供述・本件号外の記載自体より明である。それにもかかわらず原判決が本件号外の頒布を以て荒船候補の為の選挙運動であると認定したものであるとするならば事実の認定を全くあやまつたものである。

三、原判決は法令の適用を誤つている。

公職選挙法第百四十八条第一項にいう新聞紙とは同条第三項一のイに明確に規定する通り有料で頒布されるものでなければならない。(福岡高裁昭和二六年(う)第二四三七号同年十月十九日言渡、高裁判決集四巻一二号一六一四頁参照)ことは明である。しかるに原判決は右の要件を無視しいわゆる社会通念によるとして本件号外を同条の新聞紙と認定したるは明に法律の適用を誤つたものである。

弁護人大河内躬恒外四名の補充控訴趣意

一、右趣意書第一項の法令の解釈の誤りの主張を左の通り補足する。公職選挙法第十三章に選挙運動なる表題の下に第百二十九条乃至第百七十八条を規定したるは選挙運動の限界を法定し公明且適正なる選挙を行わしめるを目的としたものであり、同法第百四十八条は元来「社会の公器」であるべき新聞或は雑誌が本来の使命を逸脱し一党一派或は特定人に当選を得しむる目的を以て選挙人に虚偽の事項を公表し或は事実を歪曲した事項を報道或は評論することによつて著しく選挙の公正を害することを防止せんが為にもうけられた規定である。すなわち特定候補者の選挙運動の為の新聞雑誌の発行、頒布を制限したものであり、従つて新聞雑誌の発行頒布が特定候補者の選挙運動とならざる限り右制限を受けることはない。原判決判示事実によれば「昭和三十三年五月二十二日施行の衆議員総選挙に際し「最高点争いは鴨田、高田か?荒船清十郎候補危し!最後の浸透作戦に突入せん」等なる標題の下に埼王県第三区より立候補した荒船清十郎の選挙運動に関する記事を掲載した同月二十一日付社会通信号外一万三千部発行し………頒布した」としているが右判示によれば荒船清十郎の選挙運動状況の記事を掲載した号外を頒布した事実が同法違反と認定しているとしか理解出来ないことは一見して明である。特定候補者の選挙運動状況を報道したからとてそれが直ちに右候補者の当選を得しめる選挙運動とならざることは又明である。しからば選挙状況に関する記事報道一切が同条違反となり選挙施行時迄は選挙状況に関する新聞雑誌の報道一切が行われないこととなる。しかも本件号外によれば荒船候補者のみならず同一選挙区の立候補者全員につき夫々選挙状況を掲載しているのであるから仮りに本件号外頒布を以て荒船候補者の選挙運動であるとするならば右号外の如何なる部分が如何なる内容の選挙運動となるか合理的且つ具体的に判示せらるべきことは当然である。従つて原判決判示事実に対し、漫然公職選挙法第百四十八条第二項第二百四十三条第六号を適用し被告人に有罪の判決を宣告したのは法令の解釈の誤又は審理不尽に基く理由不備があり原判決は破棄さるべきである。

二、右趣意書第二項の事実誤認の主張を左の通り補足する。

被告人は昭和二十三年十一月頃社会通信社を創立し現在旬刊紙を発行している。右社会通信は秩父市、秩父郡の社会時事問題の報道を主とした新聞で発行部数は約三千部である。本件号外を発行するに至つた動機は昭和三十三年五月二十日附の社会通信本紙は被告人が同月十六日頃当時の選挙情勢に基き原稿を作成し印刷に付し同月二十日午前中に従来の方法通り読者に郵送したのであるが右本紙を印刷に付した後の同月十八、九日に亘り被告人が選挙区である秩父郡、秩父市、深谷市、熊谷市、本庄市、大里郡、児玉郡を巡回したところ選挙の情勢は右二十日附本紙の記載とは大分異つて来ていることが判明したが右本紙は既に印刷が出来上つており、これを訂正印刷することが時間的に不可能であつた為やむなく本紙は同月二十日午前中に郵送し右の正確な選挙情勢を号外として発行することとし同日午後右号外の原稿をエハラ印刷所に依頼し一万三千部印刷せしめ同日午後十二時頃印刷が完了したのである。一万三千部を印刷した理由は社会通信紙の固定読者に対し郵送するにはその宛名書きに丸一日を要する為郵送準備が完了するのは選挙当日である同月二十二日となるので社会通信紙の固定読者に本件号外が到達する様その読者等が併せて購読していると思われる朝日、読売等の販売業者に折込による配布を依頼したのである。右の通り本件号外は社会通信紙の読者に対する正確な選挙情勢を知らしめる目的の為当時の時間的制約から止むを得ずとられた報道の方法であつたのである。しかも被告人は荒船候補とは何の関係もなく荒船候補より選挙運動の依頼を受けたこともなく、又選挙運動を為した事実もない。勿論いかなる名目を以ても荒船候補より金品を受領したこともない。唯荒船候補の推薦人として名を連らねてはいるが、これは秩父市議会議員全員が推薦人となることになつたのであつて特に被告人の積極的意思に基いたものではない。右を要するに被告人は新聞人としての責任と職務に則り為すべき義務を履行したに過ぎないものであり本件号外頒布のみをとらえて荒船候補の選挙運動であるとの認定は被告人が新聞人としての責務に基き正確な選挙情勢を社会通信紙読者に出来るだけ知らしめ以て選挙の公正を期せんとした被告人の真意を没却したところの全くの事実誤認であり原判決はこの点からも破棄をまぬがれない。

弁護人大森徳次郎の控訴趣意

第一、被告人は「私は此号外を頒布するのは差支ないと思つて居りましたと云うのは通常号外は鈴をつけて配布したり或は新聞折込とすることがあるのでそれが普通の方法だと思つて居たのです」(昭和卅三年七月二日浦和地方検察庁秩父支部供述書十三項)、「新聞は緊急を要する報道をするときは号外を発行しても大丈夫と思つて居た」(原審第三回公判供述)、尚被告人は「社会通信昭和卅三年五月廿日附四一六号の本紙を出し各購読者に郵送しましたがそれに載せた選挙の情勢は五月十六日頃原稿を書いた為郵送した時には選挙の情勢が大分変つてしまつたからですそれで虚偽の情勢を伝へた事になつたと思つて号外を出したのです」(右供述書十一項)と供述して居る。被告人は右の如く号外の頒布は罪とならないと思い相当額の出費を為して正確なる選挙の情勢を読者並に一般民に迅速に伝え以て公平なる選挙を行わしめんとしたものであるから、犯意を欠くのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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